<p align="right"><span class="small-text">公開日: 2025-6-29<br>更新日: 2025-8-6 </span></p> # 『宗教的経験の諸相』のスタディ:第1回 はじめに ### AAと『宗教的経験の諸相』 アメリカの心理学者・哲学者である[ウィリアム・ジェイムズ](https://ieji.org/glossary/william-james)が1902年に出版した[『宗教的経験の諸相』](https://syoso.org/books/james01)というテキストは、宗教心理学の古典であるとともにアルコホーリクス・アノニマスに重大な影響を及ぼしたテキストとして記憶されている。 AAは[『アルコホーリクス・アノニマス』](https://ieji.org/glossary/bigbook)(以下、AAでの愛称『ビッグブック』)という基礎テキストを持っているが、その中で唯一引用される著作が『宗教的経験の諸相』(以下 『諸相』)である。 そのような経緯があり、これまで日本のAAメンバーたちも『諸相』というテキストを読んできた[^1]。 しかし、このテキストは難解なテキストである。『諸相』は20世紀初頭のエディンバラ大学で行われたギフォード講義、つまり今日でも世界最高の自然神学に関する国際講義でジェイムズが行った講義をテキストにしたものだ。聴衆は当時のヨーロッパ知識界の最高権威たちであり、そこでの論述も権威あるギフォード講義にふさわしく格調高く重層的なものとなっている[^2]。 そのような内容を、日本のアル中が前提知識や訓練なく読み解くのは不可能ではないが、多大な労力と時間が必要であることは確かである。AAにおける私の周囲にも幾人もの挑戦者がいるが、2名を除いて途中で挫折している。 しかし、AAを学術的に研究したアーネスト・カーツは以下のように述べた。 &#13;&#10; &#13;&#10; >ビル・ウィルソンが心理学的にアルコホーリクス・アノニマスとカール・ユング博士とを結びつけるようになったのは、彼の晩年になってから、またとくに心理学的説明の影響がますます大きくなってからであった。早期には、長いあいだ、そしてさまざまな筋の通るやり方で、AAの共同創始者と初期メンバーたちは、ウィリアム・ジェイムズの思想と実質的なつながりに知的に敬意を払うべきだと説いていた。ハーバード大学の哲学者であり心理学者である彼の本『宗教的経験の諸相』は、重要な局面でウィルソンに実際に影響を及ぼしたし、アルコホーリクス・アノニマスの初期メンバーたちは、プログラムの霊的な側面が腑に落ちないとこぼす者にはだれでも決まってこの本を勧めていた。ウィリアム・ジェイムズの名は未来永劫「多元主義」と「実用主義(プラグマティズム)」を連想させることになるだろうが、彼の思想にならうものはみな受け取るであろう、まさに「米国人らしさ」をもっていた。特に彼の哲学と深くつながる者がその「米国人らしさ」を受け取って、宗教的洞察をするのに実用主義的な多元主義を当てはめていた。[^3] &#13;&#10; また、AAの共同創始者ビル・ウィルソンは書簡の中で以下のように述べている。 &#13;&#10; &#13;&#10; >「その日の夕方までに、死去して久しいこのハーバード大学の教授は、誰にも知られることなく、AAの創始者になっていた。」[^4] &#13;&#10; 「ジェイムズはAAの創始者だ」とビル・ウィルソンが持ち上げるほど、『諸相』というテキストはAAと共にあったのだ。 &#13;&#10; &#13;&#10; ### 日本の現状と私たちの目標 2000年に『ビッグブック』の新訳が出版され日本でもビッグブック・ムーブメントが起こり、『ビッグブック』を使ったスポンサーシップやミーティングは一般化した。コロナ禍に全盛期を迎えたオンライン・ミーティングも『ビッグブック』普及の一助となったのも事実である。 しかし、ビル・ウィルソンを含めた初期メンバーたちが『ビックブック』と共に、また『ビッグブック』以上に依拠した『諸相』を12ステップに関連付け、その連関を整理する運動は存在しなかった。 そのような状況を改善するために、私たちは2020年11月からAA『宗教的体験の諸相』スタディ・ミーティングというAAグループを作り、月一でスタディ・ミーティングを開催し、『諸相』の内容の普及に努めてきた[^5]。 25年6月時点で、スタディ・ミーティングを開始して4年7ヶ月となった。その間に、私たちのスタディもいくぶんか合理化され、『諸相』とAAの12ステップとの連関を多少は示せるようにもなった。 それらの成果を土台として、今回から記事において『諸相』のスタディを行う所存である。 その営みは、下記図の「現在地」と「目的地」を心の家路ではできなかった方向から明確化していく営みとなるだろう。 &#13;&#10; &#13;&#10; ![[ieji_step.png]] <div style="text-align: right;">   <a href="https://ieji.org/bigbookstudy-illustrations/problem-solution-action">心の家路,『問題・解決・行動――現在地・目的地・道程』</a></div> &#13;&#10; &#13;&#10; ### 次回以降について この連載の内容は以下の通りである。 - 『諸相』の内容とAAの12ステップの思想的内容の連関を明らかにする - その明らかになった連関が、AAの最前線であるスポンサーシップに役立てられるようにする[^6] 方法としては、『諸相』のテキストに基づき、テキストを12ステップの視点から整理・解説することによって、スポンサーが『諸相』というテキストを読む手助けをすることである。 次回からは、『諸相』を読む上で必要な前提知識を盛り込みながら、実際に『諸相』を読んでいこう。内容は岩波文庫版『諸相』上巻9-10頁の「原著序」から始める。 なお、次回からは断りのない限り、テキストは[岩波文庫版『諸相』](https://syoso.org/books/james01)に依拠する。原著は[The Library of America版](https://syoso.org/books/james02)に依拠する。 [^1]: なかやまひいらぎ, 2020, 「書評 (1) 『アルコホーリクス・アノニマスの歴史』」, 心の家路, (2025年6月29日取得, https://ieji.org/2020/5257). [^2]: Hyperion64, 2011, 「ギフォード講義の精神」, サイエンスとサピエンス,(2025年6月29日取得, https://hyperion64-universe.hatenadiary.org/entry/20110818/1313666020). [^3]: アーネスト・カーツ, 2020, 『アルコホーリクス・アノニマスの歴史』 葛西賢太・岡崎直人・菅仁美訳,  明石書店, 266. [^4]: ibid., 594. [^5]: AA『宗教的体験の諸相』スタディ・ミーティング・グループ, 「『諸相』スタディとは」, AA『宗教的体験の諸相』スタディ・ミーティング・グループ公式サイト,(2025年6月29日取得 https://syoso.org/mvv) [^6]: 『諸相』スタディの一貫したテーマの一つは「『このメッセージ』を伝えることができるAAスポンサーを育てる」である。従って、本連載の目標も個人の回復というよりも、スポンサーシップをさらに有効化することとなっている。