<p align="right"><span class="small-text">公開日: 2024-11-21<br>更新日: 2024-12-28
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# 役割を演じること
> たいがいの人と比べてアルコホーリクは二重生活を送っていると言える。アルコホーリクはなかなかの役者である。世間には舞台用の顔を見せる。人にそう見られたいと自分が望んでいる顔だ。人の評判を気にかけてもいるのだが、心の奥では自分にはそれほどの値打ちがないことを知っている。
> 酔っ払っているから、二重生活ぶりはいっそうひどくなる。酔いからさめたとき、とぎれとぎれに覚えていることにぞっとさせられる。その記憶は悪夢の一種で、誰かに見られていたかもしれないと思うと身震いが出てくる。できるだけさっさとその記憶を自分の中に深く押し込んでしまう。日の目を見ないように願う。そしてそのために彼は絶えず恐れと緊張感にさらされ、飲み続けることになる。 [^1]
> More than most people, the alcoholic leads a double life. He is very much the actor. To the outer world he presents his stage character. This is the one he likes his fellows to see. He wants to enjoy a certain reputation, but knows in his heart he doesn’t deserve it.
> The inconsistency is made worse by the things he does on his sprees. Coming to his senses, he is revolted at certain episodes he vaguely remembers. These memories are a nightmare. He trembles to think some one might have observed him. As fast as he can, he pushes these memories far inside himself. He hopes they will never see the light of day. He is under constant fear and tension—that makes for more drinking. [^2]
ビッグブックはアルコホーリクは二重生活(a double life)を送っていると指摘しています。ここはそれぞれが自分に問いかけてみればわかると思いますが、だいたいそうなのではないかと思います。
僕自身を振り返っても、朝目が覚めたときに昨晩の記憶がなく、自分が何をしたのかさっぱり思い出せない時などは、強い恐怖を感じたものです(しかもたいてい、自分の社会的信用を破壊することをやらかしている)。ちなみに sprees は「馬鹿騒ぎ」といった意味です。酔っ払って馬鹿騒ぎをして、途切れ途切れの記憶にぞっとしたことは、一度や二度ではないのではないのではないでしょうか。
He wants to enjoy a certain reputation, つまり、アルコホーリクは多くの人と同じように、自分なりの理想があって、その理想に適う評判や評価を得たいと思っています。
but knows in his heart he doesn’t deserve it. しかし、アルコホーリクは酔っ払って、社会的信用や評価をめちゃくちゃにすることをしでかします。それをしでかしている本人も自身が自分の理想からはかけ離れていることに気づいているものです。そして、その高過ぎる理想と実際の自分とのギャップを受け入れられず、最初の一杯に手を出すことも多々あるでしょう。
アルコールは解決にならず、しかし飲まないでいることも解決にならない、とても辛い状態です。そんな状態を、多くのアルコホーリクは経験すると感じています。
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さて、僕にも上記の状態は多分に心当たりがあるのですが、今はどうなっているかを少しだけ書きたいと思います。まず、二重生活を送るような生き方を手放して、「ありのままの自分」や「本当の自分」で生きているかというと、答えは明確に**ノー**です。そんなことはありません。
ですが、それはごく当たり前のことだと今は感じています。社会の中で人はそれぞれ、何らかの役割をその場その場で演じながら生きています。上司は職場では上司を演じ、家庭では父親を演じ、夫婦の関係では男を演じているかもしれません。そのように、場所や環境によってもふさわしい振る舞いは変わりますし、そういった振る舞いの最低限の使い分けができないと社会生活を送ることはできません。つまり、人は多かれ少なかれ、みな演じる生き方をしているということです。
同時に、棚卸しで見えてきた自分は「素晴らしいありのままの自分」だったでしょうか?そこで見えてきた「ありのままの本当の自分」は大していいことも悪いこともできていない、ちっぽけで、しょーもなく、ずいぶんと醜いものではなかったでしょうか。少なくとも、僕はそうです。
「ありのままの自分」で生きることはできません。ありのままの自分で、むき出しの本能のまま生きれば、周囲とのトラブルは絶えることがなくなって生きられなくなってしまいます。
結局、人は社会の中で、何らかの役割を演じながら生きていくものだし、それそのものが悪いことではないのだと感じています。しかし、「どのような役割を演じるのか」は大きな問題です。
僕たちは、少なくとも僕は、社会から求められる役割を演じようとして失敗し、自分が演じたい役割を演じようとして失敗してきました。それらの役割を演じる能力は、僕にはないようです。
ではどうするのか、ですが、ビッグブックにはこんな内容が繰り返し書かれています。
> 次に、これからの人生では、神が指揮者であり、自分はそれに従うことを決心した。神が主で、私たちはその代理なのである。[^3]
> Next, we decided that hereafter in this drama of life, God was going to be our Director.[^4]
> 私たちは新しいボスを得た。神は全能であり、私たちが神から離れず、神の働きに従って行動した時、神は私たちが必要なものを与えてくださった。[^5]
> We had a new Employer. Being all powerful, He provided what we needed, if we kept close to Him and performed His work well.[^6]
> 有限の自分ではなく、無限の神を信頼する。神に定められた役割を果たすために、自分達はこの世に生きているのだ。神が意図した自分たちの役割を行い、謙虚に神にゆだねていけば、神は災難を平安に変えてくれるだろう。[^7]
> We trust infinite God rather than our finite selves. We are in the world to play the role He assigns. Just to the extent that we do as we think He would have us, and humbly rely on Him, does He enable us to match calamity with serenity.[^8]
「演じる生き方をやめて、本当の自分の人生を生きる」といったことをビッグブックは主張していませんよね。
「自分が演じたい役割ではなく、神が求める役割を演じること」それが12ステップの原理の一つだと僕は感じます。その役割とは、一人ひとり違うだろうし、時と場所によっても変わってくるでしょう。ですが基礎となることはあると思います。
こんな一文で、その「基礎」はまとめられるでしょう。
> 誰かを助けることは、あなたの回復の基礎である。[^9]
> Helping others is the foundation stone of your recovery.[^10]
[^1]: AA, 2024, 『[アルコホーリクス・アノニマス](https://ieji.org/glossary/bigbook)』 AA日本出版局訳, JSO, 105-106.
[^2]: AA, 2001, [*Alcoholics Anonymous*](https://onlineliterature.aa.org/Big-Book-Jacketless), New York: Alcoholics Anonymous World Service, INC, 73.
[^3]: AA, 2024, op. cit., 90.
[^4]: AA, 2001, op. cit., 62.
[^5]: AA, 2024, op. cit., 91.
[^6]: AA, 2001, op. cit., 63.
[^7]: AA, 2024, op. cit., 99.
[^8]: AA, 2001, op. cit., 68.
[^9]: AA, 2024, op. cit., 140.
[^10]: AA, 2001, op. cit., 97.