<p align="right"><span class="small-text">公開日: 2024-11-21<br>更新日: 2024-12-28 </span></p> # 成功体験を捨てる不愉快さ 僕は今年の6月まで、約1年半の間、[就労移行支援](https://www.cocorport.co.jp/about_ikou/)の施設に通所していました。今の仕事は、そこで見つけてもらった障害者雇用の事務職です。 僕が通った施設は今振り返っても、とてもいい施設でした。一つ実例を挙げるならば、その施設では利用者(僕ら)に間違った成功体験を得させないように常に注意する姿勢があったと思います。それはなぜでしょうか? &#13;&#10; &#13;&#10; 成功体験を積むことは自尊心や自己効力感を醸成するのに必要なことです。人はさまざまなことにチャレンジし、そこで小さな成功を積み重ねることによって自信やプライドなどを得ていきます。しかし、その成功体験に縛られてしまい、必要な変化を得られなくなることも多々あります。 アルコホーリクはその極端な典型例ではないでしょうか。アルコールへの強迫観念を持つためには、かつてアルコールが自分にとって「役に立った」という成功体験がなければなりません。「いやー、初めて飲んだ時から吐きまくって大変で、気持ちよくはありませんでした。それからずっとそうなんです」というアル中には出会ったことがありません。 &#13;&#10; &#13;&#10; > 過去のあの陽気に過ごした時間を取り戻すことは二度とできない。でも昔のようなやり方で人生を楽しみたいというあこがれはいつまでも私たちにつきまとい、いつか奇跡が起こって、また昔のように飲めるようになるという、胸も張り裂けんばかりの妄想にいつもとらわれていた。そうして試しては、そのたびに失敗を繰り返した。[^1] &#13;&#10; アルコールが気分を変えてくれて、自分にとって「役に立った」経験はアルコホーリクなら誰しもあるものです。それは成功体験なわけです。 酒を手放す(否定する)というのは、その成功体験を「かつては役に立ったが、今後は役に立たない」と否定することから始まります。そして成功体験を否定することは、不愉快なことです。それが現在の自分にとっても大切なものなら、さらに不愉快です。なので、アル中はステップ1を受け入れることを渋るものです。 &#13;&#10; &#13;&#10; 就労移行支援施設に話を戻すと、その施設では利用者(僕たち)が暴れてなにかを求めたり、施設側と何かしらの取引をしようとしても職員は「そうですかー」とか「もう帰りましょう」みたいな感じで、突き放すことが常でした。相手にしないというか。それを見て「上手いことやるもんだなぁ」と思っていましたが、後から自分がスポンサーをやるようになってから、その意味に気づくことになりました。 人は成功体験に縛られることが多いし、成功体験を否定するには精神的にも身体的にも、時間的にもコストがかかります。なので、そもそも間違った成功体験を初めからなるべく得させないという施設の方針は理にかなっていました。その誤った成功体験が原因となって、就労できなくなるということは実際にあるのです。 これは、自分のステップワークにしてもそうです。ステップワークにおいて非常に大切で、しかし非常に不愉快なのは、自分にとって上手く行っていたやり方(かつての成功体験)を「今は上手く行っていない」と否定し、捨てることです。しかし、何か新しいものをハイヤーパワーに与えて欲しいならば、今自分が持っているものを捨てなければなりません。そしてそれを続けていかなくてはなりません。 &#13;&#10; &#13;&#10; 今持っているものを手放しても(否定しても)、次に与えられるものが今持っているものより良い保証はありませんよね。なので、ステップワークで今持っているものを捨てていくには、ハイヤーパワーへの信頼が不可欠だし、信仰とはそういうことでしょう。 12ステップは「気分が良くなるもの」と勘違いすることも往々にしてありますが、12ステップはどこかで不愉快な気分になるものですし、それは避けられません。「良い気分でいたいから」と不愉快さを避けていれば、プログラムはうまく働かなくなってしまいます。 成功体験を否定するってのは不愉快だけど、それを避けていては霊的成長なんてないよね、って話でした。 [^1]: AA, 2024, 『[アルコホーリクス・アノニマス](https://ieji.org/glossary/bigbook)』 AA日本出版局訳, JSO, 219.